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東京高等裁判所 平成11年(ネ)5868号 判決

控訴人(被告) エスエス興産株式会社

右代表者清算人 A

控訴人(被告) 株式会社太平洋クラブ

右代表者代表取締役 B

右両名訴訟代理人弁護士 田宮武文

同 小林幸夫

同 依田修一

同 中村しん吾

同 栁澤泰

同 高橋順一

同 中村直人

被控訴人(原告) 選定当事者株式会社プロバ(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

右代表者代表取締役 C

右訴訟代理人弁護士 永井均

同 道本幸伸

同 水野賢一

同 野崎晃

主文

一  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴の趣旨(控訴人)

主文同旨

二  請求の減縮(被控訴人)

本件請求中、被控訴人選定者(以下単に「選定者」という。)D、同E及び同a株式会社に係る金銭支払請求に関する部分を次のように減縮する。

控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して、Dのため金515万円及びこれに対する平成10年1月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を、Eのため金515万円及びこれに対する平成10年1月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を、a株式会社のため金927万円及びこれに対する平成10年1月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

なお、右各金銭支払請求に係る附帯請求部分については、被控訴人は、原審において、控訴人両名に対し平成10年1月15日から支払済みまで年6分の割合による金員の請求をしたのであるが、原判決は、控訴人エスエス興産株式会社に対する関係においては平成11年9月9日から年6分の割合による金員の、控訴人株式会社太平洋クラブに対する関係においては平成10年1月15日から年5分の割合による金員の各支払請求の限度で認容し、その余を棄却したところ、被控訴人は、右請求の減縮に係る書面である「請求の減縮の申立」において、減縮後の附帯請求部分につき、右のとおり原審における請求におけると同様に記載している。

しかしながら、控訴人は、右請求の減縮に係る選定者ら以外の選定者らの関係において右附帯請求に係る請求棄却部分につき不服の申立て(控訴)をしていない上、右書面の記載に照らしても、その申立ての趣旨は専ら右請求の減縮に係る選定者らについての請求額元金を減縮することにあり、その附帯請求に係る部分につき不服の申立て(附帯控訴)をする趣旨を含むものでないことが明らかである。

三  選定者の氏名の訂正(被控訴人)

被控訴人は、選定者「F」の氏名を「Fこと株式会社b」に訂正する旨の申立てをした。控訴人らは、右申立ては不適法である旨主張した。

ところで、本件記録によれば、右Fと右会社とはそれぞれ実在する各別の法人格であることが明らかであり、右申立ては選定者の変更を求める申立てと解されるところ、控訴審において選定者の変更をすることは許されないと解すべきであるから、右申立ては却下することとし、選定者Fとする訴訟が係属するものとして判断をする。

第二事案の概要

一  次の事実は、争いがないか、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる。

1(一)  控訴人エスエス興産株式会社(平成10年2月17日商号変更前の旧商号・西洋総合開発株式会社。以下「控訴人エスエス興産」という。)は、レジャー施設の建設、経営等を目的とする会社(設立昭和52年9月26日、資本金2億円)で、平成元年5月ころ静岡県御殿場に開場した「uraku GOLF CLUB GOTEMBA」という名称のゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を経営していた。

(二)  本件ゴルフ場には同一名称の預託金会員制の組織(以下「本件ゴルフクラブ」という。)が設けられていたところ、その会則(以下「本件会則」という。)には左記の定めがある。

本件会則は、これを承認して本件ゴルフクラブに入会した会員と控訴人エスエス興産との間の契約上の権利義務の内容を構成するものである(以下、この契約を「本件ゴルフクラブ会員契約」という。)。

6条1項 会員は次の権利を有する。

1号 会員は所定の休業日を除き、会社のゴルフコース及びその付帯施設を所定の条件で優先的に利用することができる。

7条1項 会員は会社が定めた年会費及びその他の諸料金を遅滞なく会社に支払わなければならない。

8条 入会希望者は所定の入会申込手続を行い、理事会の承認を得た後、会社に所定の入会金及び会員資格保証金を所定の期日までに払い込まなければならない。

9条 入会希望者は入会金及び会員資格保証金の払込日をもって本クラブの会員となり、会社は払込日付けの会員資格保証金預り証書及び会員証を会員に交付する。

10条1項 会社が受領した入会金は理由の如何を問わず返還しない。

2項 会員資格保証金は会社に無利息にて預託し、会員資格取得の日より10か年据え置くものとし、理由の如何を問わず据置期間経過前には返還しない。ただし、天災地変その他不可抗力の事態が発生した場合、又はクラブ運営上もしくは会社経営上止むを得ぬ事情のある場合は理事会の決議により、据置期間を延長することができる。

11条 会員は次の場合その資格を失う。

1号 退会

2号 除名

3号 死亡

4号 譲渡

5号 附則第3項によりこのクラブを解散したとき

12条 会員は第10条に定める据置期間経過後、クラブを退会することができる。この場合、所定の手続により書面にて会社に届出の上会社の承認を得た後、会員資格保証金預り証書並びに会員証と引換えに会員資格保証金を返還する。未納の年会費等がある場合には、会員資格保証金より控除して返還する。

16条1項 本クラブに次の役員を置く。

1号 理事長(1名)

2号 理事(若干名)

2項 役員は全て名誉職とし、その任期は2年間とする。ただし、再選は妨げない。

17条1項 理事長・理事は会社取締役会において推薦し委嘱するものとする。

19条1項 理事長・理事は理事会を構成し、理事会の決議は出席理事の過半数で決する。

附則3項 天災地変その他不可抗力の事態が発生した場合、又はクラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合は、理事会の決議によりこのクラブを解散することができる。クラブが解散したときは会社と会員間におけるこのゴルフクラブ及びその附帯施設に関する利用契約は終了する(以下、この条項を「本件解散条項」という。)。

(三)  本件ゴルフクラブの理事会は、平成9年12月15日、本件解散条項に基づき、本件ゴルフクラブを平成10年1月15日をもって解散する旨の決議をした(以下、この決議を「本件解散決議」といい、これによる本件ゴルフクラブの解散を「本件解散」という。)。

(四)  控訴人エスエス興産の株主総会は、平成9年12月29日、平成10年2月18日をもって営業全部(ただし、本件ゴルフクラブの会員制事業及びその会員との間の債権債務を除く。)を控訴人株式会社太平洋クラブ(以下「控訴人太平洋クラブ」という。)に対し譲渡する旨の決議をした。

(五)  控訴人エスエス興産は、平成10年1月15日、本件ゴルフ場を閉鎖し、同年2月17日、株主総会の決議により解散した。

2(一)  控訴人太平洋クラブは、日本国内及び海外におけるレジャー施設の建設、経営、管理等を目的とする会社(設立昭和46年5月20日、資本金40億円)である。

(二)  控訴人太平洋クラブは、平成10年2月18日、控訴人エスエス興産から総額222億6,164万円(別途消費税8億5,454万1,064円)で営業譲渡を受け(以下、この営業譲渡を受け(以下、この営業譲渡を「本件営業譲渡」という。)、同月23日、本件ゴルフ場の施設である原判決の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、所有権移転登記を受けた。

(三)  本件営業譲渡前、控訴人太平洋クラブの経営するゴルフ場につき設けられた預託金制会員組織(以下「太平洋クラブ」という。)の会員権は、全国10のコースの共通会員権で、会員権を一口保有していれば10コースの全てを利用することができるものであったところ、控訴人太平洋クラブは、平成10年2月から本件ゴルフ場の名称を「御殿場ウエストコース」と改称し、太平洋クラブの11番目のコースとして加え、入会金150万円(消費税別途)、会員資格保証金650万円(保証金は会員資格取得日から10年間据置とし、無利息にて預かる。また証書は発行日から2年間経過後、理事会の承認を得て譲渡可能。)、入会預託金300万円(入会預託金は退会の際、所定の手続完了後証書と引換えに返還する。)の合計1,100万円で、その会員募集をした。

3(一)  選定者ら(ただし、選定者F及び同Gを除く。)は、昭和62年10月17日ころから平成6年ころまでの間に、本件ゴルフクラブに入会し、その際、控訴人エスエス興産に対し、会員資格保証金(以下「預託金」という。)のほか、別紙請求金目録の請求金額欄〈省略〉の金額の入会金(消費税を含む。以下、単に「入会金」という。)を支払った。

株式会社bは、平成2年8月8日ころ、選定者Fを登録者として本件ゴルフクラブに入会し、預託金のほか、入会金として927万円を支払った。

Hは、平成元年2月8日ころ、本件ゴルフクラブに入会し、預託金のほか、入会金として515万円を支払い、選定者Gは、平成8年2月13日ころ、右Hの本件ゴルフクラブの会員たる地位を承継した。

(二)  選定者ら(ただし、選定者Fを除く。)は、平成9年12月15日ころ、控訴人エスエス興産から、「①本件ゴルフ場は平成10年1月15日をもって閉鎖し、本件ゴルフクラブは同日をもって解散する。②預託金は償還期限にかかわらず同日以降全額繰上げ償還する。③本件ゴルフ場は平成10年4月1日太平洋クラブの1コース(名称・太平洋クラブ御殿場西コース)として開場される。④太平洋クラブはこれを機に新規会員募集を行い、本件ゴルフクラブの会員には優先して入会できるよう取り計らう。」旨を記載した書面を送付され、その後、「会員資格保証金償還のご案内」と題する書面、償還申込書(用紙)、太平洋クラブの会員募集要項及びパンフレット等の送付を受けた。

(三)  選定者ら(ただし、選定者Fを除く。)は、その後、控訴人エスエス興産に対し、右償還申込書により預託金返還請求をし、預託金全額(ただし、年会費等精算後の金額。また、太平洋クラブへの入会を希望した者については右2(三)の1,100万円を控除した残額)の返還を受けた。

二  被控訴人の請求の概要(請求原因の要旨)

1  損害賠償請求

(一) 選定者らは、控訴人エスエス興産に対し、本件ゴルフクラブ会員契約に基づき、本件ゴルフ場における優先的施設利用権(優先的プレー権)を有していたところ、同控訴人は、平成10年1月15日をもって一方的に本件ゴルフ場を閉鎖した上本件ゴルフ場を初めとする営業全部を控訴人太平洋クラブに譲渡し、選定者らの右権利を喪失させた。

控訴人エスエス興産の右行為は、選定者らに対する債務不履行(履行不能)又は不法行為を構成する。

(二) 控訴人太平洋クラブは、控訴人エスエス興産の株式の70パーセントを保有する親会社であるから、子会社である同控訴人の経営する本件ゴルフ場に設けられた本件ゴルフクラブの会員に対して優先的施設利用権(優先的プレー権)を行使することができるようにすべき義務を負っていたというべきである。しかるに、同控訴人から本件ゴルフ場を初めとする営業全部の譲渡を受けて本件ゴルフ場を閉鎖させ、選定者らの右権利を喪失させた。

控訴人太平洋クラブの右行為は、控訴人エスエス興産の前記行為とともに、選定者らに対する共同不法行為を構成する。

(三) 選定者らは、右債務不履行又は不法行為により、入会金(別紙請求金目録の請求金額欄〈省略〉の金額)相当額以上の損害を被った。

(四) よって、選定者らは、控訴人ら各自に対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として、入会金相当額の支払を求める権利を有する。

2  原状回復請求

(一) 右1(一)に同じ。

(二) 選定者らは、平成11年9月ころまでに、控訴人エスエス興産に対し、いずれも本件ゴルフクラブ会員契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) よって、選定者らは、控訴人エスエス興産に対し、解除に伴う原状回復請求として入会金の返還を求める権利を有する。

3  詐害行為

(一) 右1、2のとおり、選定者らは、控訴人エスエス興産に対し、入会金相当額の金員の支払を求める権利を有する。

(二) 控訴人エスエス興産は、平成10年2月18日、その唯一の財産である本件建物を含む本件ゴルフ場の施設一式を控訴人太平洋クラブに売却し、同月23日、本件建物について同控訴人への所有権移転登記を了した。

(三) 控訴人太平洋クラブは、右売買によって控訴人エスエス興産の唯一の財産が失われれば、選定者らの右(一)の権利が保全されないことを知りながら、あえて親会社の立場を利用して買い受けたものである。

(四) よって、被控訴人は、控訴人太平洋クラブに対し、本件建物の売買の取消し及びこれに基づく所有権移転登記の抹消登記手続を求める権利を有する。

三  控訴人らの主張

1  債務不履行・不法行為について

(一) 本件解散条項は、「クラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」に本件ゴルフクラブを解散することができる旨を定めているところ、原判決は、右「クラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」の意義について「会員の基本的な権利である施設利用権を犠牲にしても、ゴルフクラブを解散させゴルフ場を閉鎖することを是認できるような合理的な事情が存する場合をいう」としている。

ところで、本件解散及び本件営業譲渡は、左記プロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)の一環としてされたものであるところ、本件プロジェクトを採用しなかった場合、控訴人エスエス興産は確産せざるを得ず、本件ゴルフクラブ会員らは本件ゴルフ場の施設利用権を喪失するとともに、2,400万円ないし5,100万円の預託金について624万円ないし1,326万円(26パーセント)程度の配当を受け得るに過ぎない(仮に破産前に売却できたとしても、平成9年当時の相場に照らしせいぜい800万円から1,200万円の売却代金を得るに過ぎない)こととなったのに対し、本件プロジェクトを採用した結果、本件ゴルフクラブ会員のうち太平洋クラブに加入しなかった者は本件ゴルフ場の優先的施設利用権は失ったものの預託金全額の返還を受け、同クラブに加入した者は本件ゴルフ場を含む全国11コースの優先的施設利用権及び950万円の預託金返還請求権を取得し、かつ、本件ゴルフクラブの預託金から太平洋クラブ加入のための1,100万円を差し引いた残金を現金で取得することができることとなったのである。

(1) 平成9年4月30日現在の控訴人エスエス興産の貸借対照表は別紙貸借対照表のとおりであり、総資産が377億円である(このうち長期貸付金及び未収収益の合計約272億円はグアムでのリゾート開発への投融資であるが、バブル経済の崩壊により右リゾート開発は非常に困難になり、右投融資は含み損を抱えたまま固定化した。)のに対し、負債総額は414億8,276万円である。本件ゴルフ場事業の損益の状況は別紙営業損益の状況のとおりであり、営業収支ベースで毎期3億円前後の赤字を計上し、キャッシュフローもマイナスとなっている。銀行借入れについては平成6年10月以降延滞しており、余剰担保もなく、控訴人エスエス興産は独自の資金調達能力がなかった。

このため、別紙預託金償還期限到来状況のとおり、平成10年10月以降順次期限の到来する預託金について返還請求を受ければ、同控訴人は資金ショートを起こして倒産するのが必至であった。

(2) そこで、控訴人エスエス興産は、本件営業譲渡により控訴人太平洋クラブから代金として222億6,164万円の現金を得、長期貸付金をセゾングループに譲渡することにより同グループから代金として54億円の現金を得、同グループから資金贈与として73億円の現金を得て合計349億6,164万円のキャッシュフローを増加させ、負債のうちセゾングループから57億7,486万円の債権放棄を受け、銀行から金利分9億7,998万円の債権放棄を受け、その残債務を右キャッシュフローの増加分でもって全て返済することとした。

(3) 以上により、控訴人エスエス興産は、大幅な赤字にもかかわらず、債務の処理ができることとなった。

なお、本件プロジェクトは一般債権者に何らの負担を負わせるものではなく、セゾングループが債権放棄及び贈与分130億7,486万円の、控訴人太平洋クラブが本件ゴルフ場の時価(150億3,260万円)と本件営業譲渡の対価との差額72億2,904万円の、取引銀行が債権放棄した金利分9億7,998万円の各損失を負担することにより成立したものである。

以上のとおり、本件ゴルフクラブの会員は、本件プロジェクトを実行しなくても、本件ゴルフ場の優先的施設利用権を喪失することになるのが必至であり、他方、本件プロジェクトの実行により、本件ゴルフクラブ会員権の市場価格又は清算価格よりも高い額の預託金の返還を受けることができ、更に希望すれば本件ゴルフ場の優先的施設利用権を取得した上本件ゴルフクラブ会員権の市場価格以上の現金をも取得することができることになったのであって、これによれば、本件においては、「会員の基本的な権利である施設利用権を犠牲にしても、ゴルフクラブを解散させゴルフ場を閉鎖することを是認できるような合理的な事情が存する」というべきである。

したがって、本件プロジェクトに基づき本件解散をしたことは、正に「クラブ運営上止むを得ぬ事情」によるものというべきである。

以上によれば、控訴人エスエス興産が本件解散をしたのは、本件会則の本件解散条項による約定解除権の行使によるものとして正当なものであって、同控訴人には何ら債務の不履行はないし、本件ゴルフ場の閉鎖が不法相違となることもない。

(二) 控訴人太平洋クラブについても、選定者らは右のとおり正当な本件解散により本件ゴルフ場の優先的施設利用権を有しないこととなったのであるから、同控訴人の行為が不法行為を構成するものとする前提を欠き、同控訴人に対する請求は失当である。

なお、控訴人太平洋クラブが本件営業譲渡を客観的評価額を超える対価で受けたことにより、本件ゴルフクラブ会員は利益を受けこそすれ、損失を被ったことなどはないのである。

2  入会金について

(一) 本件会則において、預託金は据置期間経過後退会時に返還することとされているのに対し、入会金は「理由の如何を問わず返還しない」こととされている。このような構造にかんがみると、優先的プレー権の対価は預託金を無利息で預託することと年会費等の料金を支払うことであり、入会金は優先的プレー権の対価ではなく、入会時の一時的な礼金であり、入会すること自体に対する対価であると解するのが正当である。

そして、本件ゴルフクラブ会員契約は継続的契約関係であるから、その解除の効力は将来に向かってのみ生ずると解され、したがって、本件ゴルフクラブ会員契約が解除された場合において、入会金の返還請求権が発生することはない。

(二) 右のような入会金の性質に照らせば、入会金相当額が本件解散による損害となることはあり得ない。また、本件解散によって、本件ゴルフクラブの会員は本件ゴルフ場の優先的施設利用権を失うものの、これと対価関係にある預託金を預託する債務及び年会費等の支払義務を免れるのであるから、そもそも本件解散による損害を観念することができない。

(三) 選定者Gは、Hから本件ゴルフクラブ会員権を譲り受けたものであり、選定者Fは、本件ゴルフクラブの会員となったことはなく、いずれも入会金を控訴人エスエス興産に支払っていないから、入会金相当額の金員の支払請求権を取得することはない。

(四) 選定者ら(ただし、選定者Fを除く。)は、自ら控訴人エスエス興産に対し償還申込書を提出し預託金の償還を受けているところ、右申込書の記載によれば、右選定者らは本件会則12条に基づき退会の申請をして退会したのであるから、仮に入会金の返還請求権を観念し得るとしても、これによりその請求権を失ったものというべきである。

また、選定者株式会社c、同株式会社d及び同Gは、預託金を受領するに際し文書をもって控訴人エスエス興産との間に債権債務が存在しないことを確認したから、右請求権を放棄したものである。

3  詐害行為について

(一) 選定者らは、控訴人エスエス興産に対し、何らの債権を有しないのであるから、詐害行為取消権の前提となる被保全権利が存しない。

(二) 本件ゴルフ場の客観的な評価額はせいぜい150億円であり、これをはるかに超える222億円で購入する行為が控訴人エスエス興産の債権者を害することはない。

(三) 本件営業譲渡は、もともと本件ゴルフクラブの会員に対して預託金を返還する目的でされたものであり、その対価は客観的な評価額を超えており、しかも代金の全額が預託金の返還に充てられていることに照らせば、何ら会員を害するものではない。

四  被控訴人の主張

1  債務不履行・不法行為について

(一) 本件解散条項の「クラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」とは、控訴人エスエス興産が会員から預託金及び入会金を受領した時点から適正な経営や真摯な態度をもってゴルフ場の運営に当たった上でなおかつゴルフ場を閉鎖することを是認することのできる合理的な事情のある場合をいうものと解すべきである。すなわち、合理的事情の存否は、会員が会員資格を取得してから閉鎖に至る全期間を通じて判断すべきである。

控訴人エスエス興産が本件ゴルフクラブ会員から受領した金額は合計256億円(預託金221億円、入会金35億円)であるところ、本件ゴルフ場開発に要したのは合計158億円(施設一式125億円、開業準備経費33億円)であるから、計算上約98億円の余剰が生ずる。

これを銀行預金等の安全な資産として保有し、その利息を受領しながら、将来の預託金返還に備えるというのが本来期待される方法であるのに、控訴人エスエス興産は、右余剰金に銀行からの多額の借入金を加えて、グアムのリゾート開発等に投資し、これに失敗してその投資金を回収できなくなってしまったのである。

したがって、本件解散は、控訴人エスエス興産が他に資金を流用したことによるものであるから、これをもって「クラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」に該当するということはできない。

(二) 仮に右の合理的事情の存否をゴルフ場の閉鎖時点で判断するものとしても、控訴人エスエス興産は、現に本件プロジェクトにより預託金を期限前に全額返還することができたのであるから、本件ゴルフ場の経営を継続することができたというべきである。

(三) 控訴人太平洋クラブは、本件営業譲渡により選定者らの本件ゴルフ場における優先的施設利用権(優先的プレー権)が侵害されることを認識しながら、むしろ侵害することを目的として、本件営業譲渡を受け、本件ゴルフ場を閉鎖させたのであるから、被控訴人選定者らに対し不法行為責任を負うというべきである。

(四) 本件ゴルフクラブのパンフレットには、半永久的に本件ゴルフクラブが存続することを前提とした文言があり、契約期間の限定がされていない。

したがって、10年にも満たない期間に控訴人エスエス興産が自己の都合だけで本件ゴルフ場を閉鎖し、太平洋クラブに入会金を支払って入会しなければ本件ゴルフ場で優先的にプレーをすることができないこととしたのは、明らかな債務不履行又は不法行為である。

2  入会金について

(一) 本件ゴルフクラブ会員契約における入会金は、半永久的に本件ゴルフ場の優先的プレー権を提供するという控訴人エスエス興産の債務との対価関係に立つものとして支払われたものである。

したがって、預託金の返還期限の10年にも満たない期間で自ら招いた投資の失敗によりゴルフ場を閉鎖した場合には、本件ゴルフクラブ会員契約の解除によりその返還をすべきものであり、また、損害賠償として同額の支払義務を負担する。

(二) 選定者Gは、Hから本件ゴルフクラブ会員権を譲り受け、その地位を包括的に承継したものであるから、右Hが支払った入会金515万円に関する権利を承継している。

(三) 選定者らが控訴人エスエス興産に対し償還申込書を提出したのは、本件ゴルフ場の閉鎖という実力行使がされた後のことであり、選定者らからの退会申込みには当たらない。

また、選定者株式会社c、同株式会社d及び同Gは、預託金を受領するに際し、控訴人太平洋クラブから求められるままに領収書を差し入れたに過ぎず、権利放棄の意思表示をしたものではない。

第三当裁判所の判断

一  前示のとおり、本件会則は、これを承認して本件ゴルフクラブに入会した会員と控訴人エスエス興産との間の契約上の権利義務の内容を構成するものであるところ、本件会則の本件延長条項において「天災地変その他不可抗力の事態が発生した場合、又はクラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合は、理事会の決議によりこのクラブを解散することができる。クラブが解散したときは会社と会員間におけるこのゴルフクラブ及びその附帯施設に関する利用契約は終了する。」との定めをしている。

控訴人らは、本件解散は、本件解散条項に基づき、「クラブ運営上止むを得ぬ事情がある場合」に該当するとして本件解散決議がされたことによるものであり、これにより本件ゴルフクラブ会員契約は終了したから、本件ゴルフ場の閉鎖及び本件営業譲渡が本件ゴルフクラブ会員に対する債務不履行又は不法行為を構成することはない旨を主張するものである。

二  本件解散条項の意義、効力について

1  本件会則によれば、本件ゴルフクラブ会員契約について期間の定めはないところ、右のとおり、本件解散条項に基づいて解散した場合に右契約は終了するものとされているから、右条項は継続的契約である右契約についての約定解除権の留保条項であると解される。

そして、前示のとおり、本件会則10条1項は「入会金は理由の如何を問わず返還しない。」と定めているところ、本件解散条項に基づく本件ゴルフクラブの解散は本件会則の予定するところであるから、その解散が本件会則に基づき有効にされた場合には、本件ゴルフクラブ会員契約上会員は入会金の返還請求権を有しないものと解すべきである。

2  本件解散条項は、本件ゴルフクラブを解散するための実体的要件として、「天災地変その他不可抗力の事態が発生した場合、又はクラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」と定めているところ、右後段の「クラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」との要件は、その文理に照らし、右前段の「天災地変その他不可抗力の事態が発生した場合」に準ずる場合に限定されるものということはできない。

しかしながら、他方、本件会則は、契約の一方当事者である控訴人エスエス興産が一方的に定め、これを会員が入会の際承諾したものであり、かつ、右実体的要件を満たせば、本件ゴルフクラブ理事会の決議のみによって、本件ゴルフクラブを解散し、本件ゴルフクラブ会員契約を終了させることができ、しかも入会金の返還を要しないこととするものである。すなわち、債権者である本件ゴルフクラブの会員の個別的な同意を得なくても、債務者である控訴人エスエス興産側の機関(本件会則17条1項の定める本件ゴルフクラブの理事会の構成員の選出方法にかんがみれば、これは同控訴人側の機関と見るべきものである。)の判断のみに基づいて、本件ゴルフクラブ会員契約を一方的に終了させ、入会金を返還しないまま会員の契約上の権利である本件ゴルフ場の優先的施設利用権(優先的プレー権)を消滅させることができるとするものである。

かかる事情に照らすと、右の「クラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」とは、会員にとって右のような不利益を伴う本件ゴルフクラブの解散を同控訴人側の機関の決議のみによってすることを是認するに足りる客観的かつ合理的な事情の存する場合をいうものと解するのが相当であり、そしてその要件該当性の判断に当たっては、控訴人エスエス興産側の会社運営上の事情のみならず、会員が受ける不利益の程度及びその不利益をできるだけ少なくする観点からの控訴人のエスエス興産側の配慮の程度等の事情をも総合して判断する必要があるというべきである。

三  本件解散決議の効力について

1  そこで、右の判断基準の下に、本件において、本件解散決議による本件ゴルフクラブの解散の効力を認めるに必要な「クラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合」という実体的要件が存するものと認めることができるか否かについて検討する。

2  〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人エスエス興産は、本件ゴルフ場が開場した平成元年以降、損益計算書の上で営業利益、経常利益、税引前利益、当期利益とも赤字続きであり(なお、平成9年4月期に経常利益、税引前利益、当期利益に黒字を計上したが、これは会計上の処理によるものであり、営業利益は赤字であった。)、とりわけ、本件ゴルフ場自体の営業利益は開場以来赤字続きであって、今後黒字に転ずる見込みがなかったこと。また、平成6年10月以降、銀行借入金127億円について返済が遅滞していたこと。

(二) 同控訴人の預託金返還債務は合計221億5,900万円であるところ、その返還期限が平成10年以後順次到来し、その期限の到来するものの額は、平成10年が合計47億6,800万円、平成11年が合計108億4,600万円、平成12年が合計45億0,400万円に達すること。そして、本件ゴルフクラブ会員権の取引価格が預託金額を大幅に下回っていた(預託金額は2,400万円、3,500万円又は5,100万円であるところ、平成9年6、7月ころの同会員権の買気配値は800万円ないし900万円程度であった)ことから、右返還期限の到来した預託金のほとんどについて返還請求がされる見通しが高かったこと。

(三) 同控訴人の平成9年4月30日現在の貸借対照表によれば、自己資金をもって右預託金の返還をすることができないことが明らかである(流動資産は合計41億円余しかなく、しかもそのうち約39億円の未収収益は回収の見込みのないものである。)ところ、右返還のための資金を銀行や関連会社等から借入れをすることも不可能な状況であったこと。

(四) したがって、預託金返還期限の到来とともに資金繰りに窮して倒産に至る見通しが高かったところ、前記のとおり本件ゴルフ場事業の営業利益が赤字であることから、再建型の倒産処理の可能性は乏しく、清算型の倒産処理をすることとなる蓋然性が高かったが、その場合の配当率は3割に満たないこととなる蓋然性が高かったこと。

(五) このような状況の中で、本件ゴルフ場の再建のための打開策として本件プロジェクトが計画され、おおむね前記第二の三1(一)の記(2)のような内容の本件プロジェクトが策定されて実行され、その一環として本件解散及び本件営業譲渡がされたこと。そして、本件プロジェクトの右内容は、本件ゴルフクラブの会員に対し預託金の全額を返還することを目途として定められたものであること。

(六) 控訴人太平洋クラブやその他のセゾングループが本件プロジェクトを右のような内容で決定したのは、太平洋クラブに属する全国10のゴルフ場の一つである「御殿場コース」が利用者の人気が高く入場者が収容能力の限界に達していたところ、同ゴルフ場と至近の距離にある本件ゴルフ場を太平洋クラブに属するゴルフ場として編入することにより営業上の利益を高めることができると見込まれたことによるものであり、そのため、本件営業譲渡の譲渡価格を通常の処分価格により相当高額なものとして定めることができ、また、セゾングループからの債権放棄や資金贈与等を受けることができたものであること。そして、控訴人エスエス興産が選定者らを含め本件ゴルフクラブの会員全員に対し預託金の全額(ただし、太平洋クラブに入会した者についてはその入会預託金等合計1,100万円を控除した額)を返還することができたのは、本件プロジェクトの右のような特性によるものであったこと。

3  右認定事実によれば、控訴人エスエス興産は、平成10年以降の遠くない時期に、資金繰りに窮して倒産し、本件ゴルフ場が閉鎖されて優先的プレー権の提供が不可能になる可能性が高かったものと認められ、本件ゴルフクラブの会員は、本件解散がなくても、遠からず本件ゴルフ場の優先的施設利用権(優先的プレー権)を喪失することが強く予測されたというべきである。このことは、本件ゴルフ場の閉鎖が客観的に避けられない状況にあったことを示すものであって、本件ゴルフクラブの解散を選択することのすぐれて合理的な事情に当たるということができる。

加えて、右認定事実によれば、控訴人エスエス興産が倒産し、清算型の倒産処理がされた場合には、本件ゴルフクラブの会員は、優先的施設利用権と並ぶ重要な権利である預託金返還請求権につき破産債権として3割に満たない程度の配当を受け得るに過ぎない蓋然性が高かったと認められるところ、かかる状況の下において、控訴人らは、本件ゴルフクラブの会員らに対し預託金を全額返還することを目途として本件プロジェクトを実行することとし、よって本件解散決議及び本件営業譲渡をし、その結果、現に、本件ゴルフクラブの会員は、本件解散後預託金全額の返還を受けたのであり、また、全示のとおり本件ゴルフ場での優先的プレー権の継続を希望する者には優先的に太平洋クラブへの入会の機会が確保されたのであって、これによれば、本件解散により本件ゴルフクラブの会員が受ける不利益は、むしろ本件解散がされなかった場合に比べて軽減されたものと評価することができるものというべきであり、その不利益をできるだけ少なくする努力は、右本件プロジェクトの策定の中で十分にされたものと認めることができるというべきである。

以上によれば、本件解散決議当時、本件ゴルフクラブの解散を同控訴人側の機関の決議のみによってすることを是認し得る程度の客観的で合理的な事情が存したものと認めることができるというべきである。

被控訴人は、本件は、控訴人エスエス興産の投資の失敗によるものであるから、右合理的な事情が存するものとはいえない旨主張する。しかしながら、仮に本件ゴルフクラブの解散が右投資の失敗に起因するものであったとしても、右認定のとおり、本件ゴルフ場は本件解散をしなかったとしても遠からず閉鎖されることが予測された上、同控訴人において会員に対し預託金を全額返還していることにかんがみれば、このような場合において同控訴人側からの契約解除を是認することが経営者のモラルハザードを招くものということはできないから、このことをもって本件解散決議の効力を否定すべき根拠とすることはできないというべきである(なお、被控訴人は、ゴルフクラブの会員から受領した預託金等のうちゴルフ場の開業に要した費用を除いた残額を銀行預金等の安全な資産として保有して将来の預託金返還に備えるというのが本来期待される方法である旨主張するが、会社の資金の運用はその経営者に委ねられているのであり、被控訴人の指摘するグアムのリゾート開発への投資も、その当時における経営者の判断として、委ねられた裁量の範囲を著しく逸脱したものであったと認めるべき証拠はない。)。

4  したがって、本件ゴルフクラブの解散は、本件解散条項に基づいてされた適法なものと認めるべきであり、これにより本件ゴルフクラブ会員契約は終了したものというべきである。

そうすると、本件ゴルフクラブ会員契約の終了により、本件ゴルフクラブ会員の有していた本件ゴルフ場の優先的施設利用権(優先的プレー権)は消滅したことになるから、その後、控訴人らが本件ゴルフ場の閉鎖及び本件営業譲渡をしたことが本件ゴルフクラブ会員に対する債務不履行又は不法行為となる余地はないといわなければならない。

よって、被控訴人の控訴人らに対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

また、控訴人エスエス興産の債務不履行を理由とする解除に基づく原状回復請求も、理由がないことが明らかである。

5  以上によれば、被控訴人選定者らは、控訴人エスエス興産に対し何らの債権を有するものではないから、その余の点について判断するまでもなく、本件建物の売買及びその所有権移転登記が詐害行為に当たるとする余地のないことも明らかである。

四  以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人らに対する本件各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決中右請求を一部認容した部分を取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 濱崎恭生 裁判官 土居葉子 松並重雄)

〈以下省略〉

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